東京高等裁判所 昭和51年(ラ)858号 判決
一 本件特許権、本件専用実施権の帰属、その出願明細書の特許請求の範囲における記載内容及び本件特許発明の構成要件、相手方による本件物件の製造販売等及びその構造に関する当裁判所の事実認定は、原決定の理由中、第二、一ないし三(同決定二枚目表六行目から四枚目表四行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。そして、当裁判所は、原決定の理由中、第二、四(一)(同決定四枚目表六行目から末行まで)の説示と同一の理由により、本件物件は本件特許発明の(1)、(2)の構成要件を備えているものと判断するから、右説示を引用する。
二 次に、抗告人らは本件物件が本件特許発明の(3)の構成要件を具備する旨を主張する。その所論の骨子は次のとおりである。すなわち、本件特許発明の(3)の構成要件は、
(A) 糸屑除去網はその網口と洗濯槽内壁との間に隙間ができるように装着されること、
(B) 糸屑除去網の網口は洗濯槽内壁に伏せて(対向して)装着されること、
(C) 糸屑除去網は吸盤等で着脱自在に洗濯槽内壁に装着されることの三点から成り、これに対し、本件物件の(3´)の構造は、
(A´) 糸屑除去網は丸枠(その網口と同じである)と洗濯槽内壁との間に六ないし七センチメートルの間隔を保つように(隙間ができることは明らか)装置されること、
(B´)糸屑除去網の網口(丸枠)は、その中心部に取付けられた数珠糸とリングを介して連結された吸盤で洗濯槽内壁に装置するものであるから、洗濯槽内壁に対向して(伏せて)装着されること、
(C´) 糸屑除去網は吸盤で着脱自在に洗濯槽内壁に装置されることの三点から成り、両者は、その表現に若干の差異があるが、その内容は全く同一である。
よつて、この点について検討する。
(一) 本件特許発明の(3)の構成中、糸屑除去網口を「伏せて装着する」という点について考えると、そもそも「茶碗を伏せる」、「容器を伏せる」という場合、「伏せる」の語は茶碗、容器が逆さまになり、その口部がある面に接している状態を表わしているが、そのような「伏せる」の語義を踏まえて疎明資料を綜合考量すれば、次の事実が一応認められる。すなわち、本件特許発明の(3)の構成においては、糸屑除去網に取付けた網袋の袋口を「伏せて装着する」という以上、その袋口が洗濯槽内壁に密接しているためその網袋に物が入りにくい状態にあるが、それでは水流中の糸屑を捕集するという終局の目的を達成することができないから、これを可能にするため、その装着について特に「洗濯槽内壁と糸屑除去網口との間に隙間ができるように」という条件を付加したものである。その結果、「水の一部は内壁とリングとの隙間から除去網の中を通過し、網袋の先は水流方向に引つぱられる」(疎甲第二号証((特許公報。以下、単に「公報」という。))第一頁右欄一七―一九行)ことになるが、このような(3)の構成要件と(2)の構成要件である「網袋の口部を弾性リングで構成していること」とが相俟つて、「槽内壁とリングとの間は吸盤による吸着部を残して口をあけ、一層よく水を呑み込む」(公報第一頁右欄二三―二四行)という本件特許発明に特有の作用効果を奏する。
右認定の事実によれば、本件特許発明の(3)の構成のうち「糸屑除去網をその網口と洗濯槽内壁との間に隙間ができるように伏せて装着する」とは「糸屑除去網を、その網口と洗濯槽内壁との間に水流の通る程度の僅かな間隔が生じるように、洗濯槽内壁に装着する」ことを意味するものと解される。そして、疎明によると、このような状態に装着された糸屑除去網は「洗濯機の発動により発生する水流によつて吸盤による吸着部を残して口をあけ水を呑み込み、この作用により糸屑はまたたく間に網底に捕集される」(公報第一頁右欄二三―二五行)のであるから、本件特許発明は、(3)の構成によつて、洗濯槽内壁に口部が殆んど接しているように固定された状態の糸屑除去網をして、洗濯機の駆動により発生する水流の作用で、その口部の側方を開けて、これから水を呑み込ませることを意図したものというべきであつて、その網口は自由に動き得る状態にはないものと解される。
これを要するに、本件特許発明の(3)の構成要件は「網口を、洗濯槽内壁との間に僅かの間隙を存するように、固定した」点に眼目があるものというべきである。
(二) これに対し、本件物件における(3´)の構造においては、糸屑除去網の袋口自体が洗濯槽内壁に固定されず、自由に動き得る状態に置かれ、また、網口と洗濯槽内壁との間には六ないし七センチメートルの大きな間隙があるから、糸屑除去網を洗濯槽内壁に伏せて装着したということはできない。
(三) したがつて、本件物件は本件特許発明の(3)の構成要件を備えるものということができない。
三 次に、抗告人らは本件物件が抗告人ら主張のように本件特許発明と均等である旨主張する。その所論の骨子は次のとおりである。すなわち、
1 本件特許発明は「開口された状態の除去網を、洗濯槽内壁との間に隙間をおいて適当な取付手段によつて、内壁面に固定させておくことにより、洗濯機を発動させた際の水流の中に含まれる糸屑を除去網に流入させて捕集する」のに対し、本件物件は、糸屑除去網とこれを内壁に装着すべき吸盤との間に「数珠糸とリングを介する」点に形式的差異があるだけであつて、実質的な作用効果に差異がないから、両者の技術的思想は同一である。
2 本件特許発明と本件物件との唯一の相違点たる糸屑除去網と内壁との取付手段(それも僅かに糸屑除去網と内壁との隙間が狭いか、六ないし七センチメートルかの差異があるだけである。)は、これを相互に取り換えても両者の技術的思想ないし課題解決の手段に本質的な変化がないから、置換可能の域を出ない。
3 そして、右相違点が同一効果、置換可能であることが当業者にとつて自明であることは、抗告人らが本件特許発明に至る思考過程において既に本件物件と同様の取付手段を検討した事実からも明白である。
そこで、この点について検討する。
(一) さきに説示したように本件特許発明の(2)、(3)の構成要件は、糸屑除去網の網口の取付けられたリングを弾性体とし、その網口と洗濯槽内壁との間に僅かな間隙ができるように糸屑除去網を吸着盤等で洗濯槽内壁に伏せて固定するのであるから、洗濯機の駆動に伴う水流により、網口の弾性リングの吸着部以外の部分を洗濯槽中心方向に向けて湾曲させて、その口部の側方を押し開け、同所から水を呑み込ませ、ここに流入する水流によつて運ばれる糸屑を網底に捕集する効果を奏するものである。
なお、疎明によると、洗濯物を入れないで糸屑を特に速く収集することを意図して、一個の吸盤のみで網口を洗濯槽内壁に固定して使用する使用例もあることが一応認められる(公報第一頁右欄三五行―第二頁左欄二行並びにその第四図(ハ))が、この場合においても、(3)の構成要件を全く欠いているということはできない。
(二) これに対し、本件物件の(3´)の構造は、糸屑除去網の網口を洗濯槽内壁に固定せず、これとの間に六ないし七センチメートルの間隙を保つて自由に動き得る状態に置くものであるから、疎明を併せ考えると、除去網が水流の動きにゆだねられて吹き流しの状態を呈し、網口が水流にほぼ直角に対向し、その正面から流入する水流中を回遊する洗濯屑を捕捉する効果が生じるものであることが一応認められる。したがつて、本件物件は洗濯屑を捕捉する作用において本件特許発明と相違するものがあるというべきである。
(三) してみると、本件物件と本件特許発明とは、糸屑除去網の装置に関する構成((3)と(3´))に顕著な相違があるとともに、これに基づき糸屑捕集の作用効果にも相違する趣きのものがあるから、技術的思想を異にするものというべきであつて、これを均等ということはできない。
四 以上の次第で、本件物件は、本件特許発明の(3)の構成要件を欠如するのみならず、本件特許発明と均等ということもできないから、本件特許発明の技術範囲に属しないものというべきである。したがつて、相手方が本件物件を製造、販売または販売のため展示しても本件特許権及び本件専用実施権を侵害するものとは認められないから、結局、本件仮処分申請は被保全権利の存在について疎明を欠くものというべく、保証をもつて疎明に代えることも相当ではない。
よつて、右申請を却下した原決定は正当であり、本件抗告は理由がないから、これを棄却する。